受難のプッチンと梅干し

 すすむ、今どきの酸味離れ

苦いは毒、酸っぱいは腐敗

元来、人の体には苦いものは毒、酸っぱいものは腐敗と、記憶されているらしい。しかし、幼児期から大人になっていく経過で味覚の経験値を積み重ねるうちに苦味や酸味も旨味に深みを与える重要な要素だと学習するわけです。私もそうして経験を積んできた。
 ところが、昨今あらゆる食べ物に「酸味のない」ものが求められる傾向にあるようです。果物も、酸味や苦味の柑橘よりも、甘さが売りのマンゴーに軍配があがる。おにぎりでは梅干しが肩身の狭い思いをしている。つまり幼い頃から酸味や苦味を経験せずに成長しているらしいのです。経験の無い味は保身のために口に入れないのが、人類には当然の行動とも言えるのですが。大手食品メーカーも売れないものは作らない、この傾向を死守しなければなりません。
 我がコーヒーも例外ではなく、カフェラテのように、酸味の無い少量の深煎りコーヒー(エスプレッソ)に多量のミルクをいれて苦味を抑えたものが受け入れられるようになりました。昭和の時代はドリップコーヒーが主流なので苦いコーヒーといえばアイスコーヒーぐらいのものでした。未だに私は昭和のドリップコーヒーを続けているわけですが、当然若い方々を敵にまわしていることになるのでしょう。

「酸味の無いコーヒーはどれですか?」

自家焙煎をうたい、ストレートコーヒーを売りにし、日々精進努力を重ねている者にとってこれほど悲しいオーダーはありません。コーヒーというものは上質の酸味を出すことが必須であります。そこに凌ぎを削るのです。また、コーヒーは豆ごとに個性があります。風味であります。
最も基本となるのは、
  • 酸味
  • 甘み
  • 苦味
です。これはどんなコーヒーにも必ず入っています。これに加えて豆の個性である風味があるのです。
これを見事に表現できたら珈琲職人は「ドヤ顔」で闊歩できるのです。焙煎の目的は豆の個性を引き出し旨味を作ることです。それが理想の焙煎です。逆に、これらの要素のうちの「酸味と個性」を消してしまう焙煎が「深煎り」であります。苦味と甘みしか残りません。コーヒーの焙煎は浅煎りとか中煎りとか深煎りとかではなく豆ごとに丁度よいバランスの取れた、所謂落とし所があると思っています。そこを探求するのが私の仕事なのです。
 以前、まだ高校生の姪が店にくると予告してきた。友達も一緒だという。叔父さんは張り切って、前日から水出しコーヒーでコーヒーゼリーを仕込み、癖のない純乳生クリームを用意し、シロップも用意し、若きらにサービスした。ところが
「コーヒーは飲めないしゼリーも食べれません」
の一言で、完全否定。こんな苦くて臭いものは無理だという。いつの間にかコーヒーゼリーの「グリコプッチンゼリー」
も売れなくなり、出回らなくなったのにはそういう背景があったのだ。
 お酢も梅干しも苦手。梅干し入りのおにぎりも一部のマニアの食べ物になってしまったらしい。私が適正だと思っているコーヒーは酸っぱくて苦くて不味い飲み物になっていたとは…悲しい。
 かといって私は諦めたりはしませんが。コーヒーの酸味を諦めるどころかこれでもかと酸味と癖のあるコーヒーを追求に邁進する所存です。私が止めたら昭和のコーヒーが消えてしまう。それはイケないことです。ごめんね!!(-_-メ)。